2011.10
Vol.154(1/2)
【著者:おすぎ】
「スマグラー」、「ワイルド・スピード MEGA MAX」、「カウボーイ&エイリアン」
何年振りに〝映画〟を嫌いだ!!と思った「スマグラー」
このコラムで書くことは無いと思うけれど〝島田紳助〟に関して、業界では、ある程度知っていたことで(どこまでドップリ浸っていたかではなく、そんな関係が組織とあったであろう、ということは…)、今になってマスコミが我が顔ごとく特集を組んで記事にすることではないと私は思います。私は紳助に、どちらかというと敬遠されていたから、共演するというのはほとんどなかったのですが、それでも、耳に入ってくることはありましたし、若手で売り出した頃には、口に出来ないような事もしていたということを聞いたこともありました。それを、吉本興業は許していた、という事実もあったのであります。
それなのに業界から身を引いた、となった途端、マスコミが、これでもかと書きたてていることに腹が立ちます。そんなに色々なことがあったなら、現役バリバリのときに何故書かないのか…と本当に腹立しいのです。
テレビ界にとって数字が取れるタレント、スターには、やっていけないことがある、なのでしょうが〝スキャンダル〟を狙う芸能ジャーナリストたちが健全に機能しているならばトップねたとして取りあげたはず…。今は、芸能オフィスが強い力を持っていて、マスコミといわれている分野が思うように動けない(バカみたいなこと、アン・ビリーバブルなことでありますが…)状態であるから、このような事態になってしまったのだと思いますが、それにしても、これでもかと紳助の実態を曝け出すのは噴飯ものであると私は思います。それにしても〝何か〟があったはず、吉本興業がそこまでしなければならなかったのは〝闇業界との繋り〟だけだとは、誰もが思わないでしょう。もっと、重大な事実がある、それが判ったら会社自体が重大なダメージを受けてしまう、ということがあるから切らざるをえなかった…と私は思っています。
それにしても、芸能界という面妖な世界は度しがたいものであります。
面妖というか、奇怪というか、許せないのが日本映画であります。「スマグラー」というワーナーブラザースの日本支社が製作した映画(ハリウッドのメジャーのブランドをかかげて、近年、国産映画を作る傾向が多くなっています。私は偽ブランドだと思っておりますが…)ですが、これがヒドイもので、なんで妻夫木クンが、こんな役をやったのか、理性を疑ってしまいました。世の中には〝異端〟というものが存在します。勿論、私も、その中の住人であります。だからこそ、自分の立場というものを心得ているつもりです。
〝異端〟の中のひとつに〝SM〟があります。その中の〝S〟に〝拷問好き〟というのがあり、それがあることは私は一向にかまわない。好きというものはしょうがない、と思っているし、それが悪いという気持は、ほとんどありません。しかし、その趣向を表現するには〝美学〟が必要なのです。「スマグラー」には、その〝美学〟が欠けています。妻夫木クン扮するフリーターは、借金のために〝死体処理〟という闇の仕事につき、殺し屋の身替りとなってヤクザの組織にとらわれ拷問好きの男(高嶋政宏、これがこれでもか、という自分では熱演している勘違いな演技に徹していて、もう気持ち悪い…)に責められるというシチュエーション。映画というのはリアルに〝それ〟を撮る、という手法もあれば、それをストレートに描かないけれど観るものをその気にさせる、という手段もあります。高度なテクニックは、それをリアルに見せずに、観る者の想像力を刺激するというものでしょう。
それなのに、この作品は、これでもかと〝拷問シーン〟を見せまくります。原作がどんな描写をしているのか読んでいないので判りませんが、あまりに露骨で、試写の途中で退場しようと思ったくらいであります。演出の都合でリアルに見せたい、というのがあるなら、もっと冷静に〝拷問〟というものの知的なとらえかた、があったはず。それなのに、ただ、興味本位で、アレコレ、痛そうなシーンの連続は〝悪趣味〟以外の何ものでもありません。その上、ホモセクシュアルを描写したシーンも劣悪以外の何物でもなく、作り手の悪意を感じました。
何年振りに〝映画〟を嫌いだ!!と思った作品だし、これを〝映画〟だと認めない!!と思ったのであります。










