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2016.10

第70回(2/3)

【著者:行 達也】

―当時、ミュージックマガジンっていうのは?

「もちろん出ていたし、読んでました。」

―ミュージックマガジンの立ち位置もチャートものというよりカウンター気味だったと思うんですが…

「ミュージックマガジンは基本的には音楽批評を育てるというか、音楽マニアの交流の場みたいな感じでしたね。だから僕はもちろんミュージックマガジンが創刊された時からの熱心な読者です。だけども僕がいたミュージック・ラボは音楽業界誌ですから、批評的な立場というよりは、いいものを推す。だから上田正樹と有山じゅんじが大阪から登場してきたら、「こういう新しい音楽は絶対売れてほしい」と思って大きく取り上げる。DTBBとか出てきたら「これは素晴らしい!」って言って取り上げる。だから、売れてなくても愛奴とか浜田省吾とかも大きく扱ってるわけです(笑)

とは言っても業界誌だから営業で広告を取ってこなきゃ成り立たない。幸いなことにいろんな方々に好かれて広告は取れたんです。ここに営業社員が5人ぐらいいて、僕の売り上げが一番でした。入社して2年目なのに。当時はキティが設立になり、ポリドールにも勢いがついて、それで広告の売り上げが多くなって、もっと増やしたいから「僕に編集のページをください」って、毎週6ページもらった。一人でやります、迷惑はかけないからと、生意気なことを言ってましたが、実際は一人じゃ全然できなくて、先輩たちにはずいぶん助けてもらいました。でも一応、企画は全部僕が立てて、毎週これを続けて2年間やってきた。その途中でいろんなバンドやシンガーと知り合って、それで記事を書いてくれとか頼まれるようになり、レコーディングに行ったりなんかしているうちに、本当に仕事で来てほしいって誘われたので、ミュージック・ラボを卒業させていただいて、シンコー・ミュージックにお世話になったんです。

だから、今やってるのはこれに近いです。いい音楽をみつけてくる。当時は新しいアーティストがメジャーじゃない所からどんどん出てきた。そのライブを見たり、レコードを聴いて、「これはいける!」と思ったものをレコード会社の人に、「これは売れますよ」とか、「ベスト10入ります、絶対」って話していました。もし言った通りになると広告も出るし、みたいな(笑)ということだったんです。だから、元々がヒットチャート少年なんです。」

―ヒットチャート少年なんだけれども、いわゆるその、普通のオリコン的なランキングとは気持ち的に距離を置いている?

「あれはあれで、まあ分かるんです。業界誌にたくさん広告打ってとか、ラジオのスポットにお金を投入することだけでも、そこそこは売れましたからね、あの当時は。だから、そういうある種、下駄を履かせた数字みたいなもので作られているシングルチャートとは全く別に、フォークとかロックをやっている人たちは、宣伝費も何もかけないでやって、力をつけていたんですよ。基本はコンサートとレコードだけ。その中でもっともっといける人たちを見つけてきて、応援するっていうようなことをやりたかった。

で、まあ、変な言い方ですけれども、若造だったから自信はあった。レコードを聴いて「あ、これは売れる」「これはイマイチ」「いいけど、売れない」とか。「俺は好きだけど、これは多分売れない」とか。そういうのも含めて、大きな流れのなかに身を置いていた。

だからそういう意味では、お店と直結していたんです。結局、ミュージック・ラボはずっとお店には強かった。オリコンほど商売は上手じゃなかったけれども、データは正確だった。そういうお店のためには「僕がやってるページを読んでいれば、次に売れるのがみんな分かりますよ」っていうようなサービスをしたかったわけです。DTBBの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が出たときはB面だったんですね。「カッコマン・ブギ」がA面なんです。「スモーキン・ブギ」が大ヒットして、第2弾が「カッコマン・ブギ」。でもレコードをテスト盤で聴いた瞬間に、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は絶対売れるとわかた。「カッコマン・ブギ」は二番煎じだから売れないですよねっていう話を東芝EMIの宣伝担当のひとに言った。そこで、「B面はA面に勝てるか?」っていう企画を考えた。要するに「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の方が圧倒的にいいっていう、特集を組んでいるわけです。(で、パラパラっとその特集ページを開いてみせる)」

―え、この誌面でですか?

「誌面で。」

―大胆(笑)これはレコードがもう発売された後なんですか?

「テスト盤が出た…発売された直後じゃないですか?要するにヒットチャートの数字が動き出す前のことです。「スモーキン・ブギ」がまだ売れていて、それに続くシングルをこれから出すという時でした。そんな時に、B面が絶対ヒットすると確信して、2ページも特集組んでるわけですから。」

―でもこんな、ある意味こう…喧嘩売ってるじゃないけど、レコード会社にしてみれば「なんでそんな事言うんだよ」みたいな感じじゃないですか?

「いや、レコード会社の担当者もこれはB面のほうが売れるかもねって。」

―そんな(笑)これ誰が決めたんですか?

「原盤を作っていたのがパシフィック音楽出版(現・フジパシフィック音楽出版)で、その担当ディレクターさんとかとも、話が合ったんです。そして実際に取材してみると、宇崎竜童さんがそもそも、「カッコマン」はいやだって。一発ヒットが出たら第2弾、第3弾をその路線でいくっていうのは、芸能界の常識だからそこに乗ったんだけれども、俺もやりたいのはこっちなんだよねって、はっきり言ってました。(笑)」

―すごい話ですねこれ(笑)

「これは結構、自分の仕事では自信があった仕事です。売れ始めた数字を見て企画を立てているわけじゃない。世の中の反応の前段階で、絶対こうなるはずだと、一気に仕掛けたら、本当にこの通りになった。」

―すごいですね。だってこれ、もしかしたら本当に普通に「カッコマン」が売れる可能性だってあった訳じゃないですか

「まあそうですね。最初はラジオのオンエアもA面がかかるし、ラジオスポットも「カッコマン」だったから。」

―それひっくり返すってすごいですよね(笑)リリースタイミングで、こう…今だったら絶対クレーム来そうですよね、レコード会社から「ちょっとそういうのやめてくださいよ」みたいな(笑)

「まあそうですよね、今こうやって見るとね。怖いもの知らずでしたね、まだ大学出て1年ほどです。」

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