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2016.10

第70回(1/3)

【著者:行 達也】

佐藤 剛

佐藤 剛さん

作家・音楽プロデューサー・
NPO法人ミュージックソムリエ協会 会長
佐藤 剛さん

最近、巷で歌謡曲がにわかに盛り上がってきている気がしませんか?例えば、歌番組の特番などで今、人気のアーティストがかつての名曲をカバーする企画が増えていたり、しかもそんな番組に対してTwitterの反応も大きくてトレンド入りしたりと、かつてなかったほどの盛り上がりの気運を感じます。そんななかで、大手百貨店にて「昭和のスターとアイドル展」というギャラリー展が開催されました。昭和のスタンダードといえる作品のジャケット、ポスター、グッズ、関連書籍の展示がメインだったのですが、コレが実に大盛況で、当初、東京だけで予定されていたのが大阪、名古屋でも開催される運びになったようです。実はこの仕掛け人こそ、今回お話をお聞きした音楽プロデューサーの佐藤剛さん。音楽業界で剛さんといえばこの人っていうぐらい有名な方なのですが、自分ももちろん面識はあったのですが、どっちかというとロックや洋楽のイメージが強くて、歌謡曲というのが意外で、しかもこの盛り上がりにすかさず反応している感じがさすがというか、かなりビックリだったので、迷わずお話を伺ってきました。

―剛さんは元々この音楽業界のキャリアっていうのが、マネジメントから入られたんですよね?

「いや、そうではないです。編集者、物書きとして入ってきたのが最初です。甲斐バンドのマネジメントの前に、インタビューやいろんなコンサートのレポートとかを書いてというのを、3年間ほど『ミュージック・ラボ』という雑誌の中でやっていました。当時の歌謡曲の範疇に入らないロックとかフォークとか、後にニューミュージックと呼ばれるようになるものだけのヒットチャートを作って、その記事を全部、僕が一人で集めて書こうと。

中島みゆきのデビュー時や、ユーミンが「ルージュの伝言」のシングルで勝負する時にも取材してインタビューをやりました。その頃に取材で細野晴臣さんとか鈴木茂さん、デビューする矢野顕子さん、みんなにお会いしています。当時はアンチ歌謡曲の立場でした。もちろん歌謡曲にも好きなものはいっぱいあったんですけど、大きい流れとして、もう歌謡曲じゃないんだよね、これからはという意識がすごくありました。中心はもう変わっているのに、世の中はまだ気づいてないから、僕が個人チャートみたいなのを作ったわけです。会社に頼んで。

それは当時のオリコンとかではやってなくて、日本では僕がいたミュージック・ラボだけがやっていたと思います。例えばアメリカのビルボードはHOT100がありますよね。アルバムのHOT200があります。それ以外にR&B、カントリー、いろいろありますよね。つまり日本にもそれと同じように新しい動きが出てきて、しかもシングルじゃなくてアルバムが急速に売れる時代になっているのに、誰もフォローできないっていうのはおかしいと思ったんです。井上陽水とか吉田拓郎とか、そういう人たちの本当の実力っていうのは明らかなのに、当時のレコード会社はまだ、フォーク勢出身みたいなものは……という色メガネで見ていたから、そういうチャートを作ったんです。」

―それは何年ですか?

「1974年に明治大学を卒業してこの世界に入ったので、75年から作っていますね。」

―その頃はまだニューミュージックって言葉はなかったんですか?

「なかったんです。だから僕はフォーク&ロックという言葉で始めたんです。」(と、ここでミュージック・ラボのアーカイヴをドサっとテーブルに並べる)

―すごい。これはオリコンじゃなくて?

「オリコンじゃなくて、ミュージック・ラボっていう、ビルボードと提携してた音楽業界誌です。僕は洋楽も歌謡曲もロックも好きだったので、ここに入ったのはなんか理想的だなって思って、ここで自分の企画をいくつか始めるんですね。

(パラパラとめくりながら)これが第一回目かな?こういうレコードを売っていきたいということで。ここに「フォーク&ロックは」とかって書いてあるじゃないですか。鈴木茂とか杉本真人とか、まだ特に歌謡曲とジャンル分けがハッキリしてなかったそういう人たちを。ダウンタウンブギウギバンド(以下、DTBB)とかも。そういうのを毎週、一人で原稿を書いてました。

―毎週!やってたんですか。

「週刊誌ですから。」

―すごい。じゃあこれはミュージック・ラボの中に?

「中にコーナーを作っていたんですね。チャートも別にしてもらって。」

―この頃オリコンっていうのはすでにあったんですよね?

「あります。もちろんありました。ミュージック・リサーチもありました。3誌あった頃です。この時にシングル・ヒットのランキングに終始するのではなくて。この中に埋もれさせずに、新しいアルバムの動きを抜き出したかった。井上陽水や小椋佳など、芸能界ではないものです。ここに載っているアルバムのうちで半分くらいは、スタンダードと言われるようなアルバムになっていますね。」

―へーおもしろい

「こういうことをやってたんですよ。この時期にいろんなコンサートを見に行き、取材に行き、というのをやって出来た人脈が僕の一番の基礎。大学出て1年目、2年目だから、22〜24歳の時にこれをやっていたんです。」

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