2012.01
【著者:行 達也】
「南相馬に行ってきました」(2/2)
程なく若い青年が合流してきました。この親子の知り合いで、家が避難区域内のため、帰ることが出来ないので仮設住宅で暮らしながら、震災前の仕事のコネクションを使って県外の企業や団体と連携しながら復興のボランティアをしているそうです。震災後に多くのNGO的な団体が生まれたり、外部から流入してきているそうですが、彼はどこにも属さずに独りでやっているそうです。
乾杯のあとは、南相馬市の市政がいかに腐敗しているか、桜井市長がマスコミにいいカンジに取り上げられたことと市民が抱え持っている感情とのギャップがどれだけ激しいか、そして津波のときの悲しい話や奇跡の話を一気に聞かせてもらったんです。約3時間。あっという間でしたが。みんなが話す内容は深刻なことこの上ないものだったのですが、まるで近所の井戸端会議のようなあっさりとした口調なんです。おそらくこれまで辛辣な思いを経てきて、少し落ち着いてきたのかもしれません。そうやって飄々と話す中にもこれからしっかりと前を向いて生きていく信念みたいなモノを感じました。
事態はまったく収拾しておりません。むしろ全員が復興に向けて一丸となっていた時期を経て、問題はより複雑化しているかもしれません。放射能は相変わらず漏れ続けていますし、非難した住民が戻って来れる見込もありません。彼女たちが訴えていたのはこうです。
『南相馬市の住民は確かに目に見えない恐怖に晒されながら生活しています。いつ原発が爆発するか恐ろしくて、車のガソリンは常に満タンにしていないと落ち着きません。そういった心配のストレスから体の不調を訴える人も増えてきました。そうなってくるとTwitterやブログで(特に外部から)「放射能によるものだ」と断定する意見が聞こえてきました。もちろん放射線の高い地域はたくさんありますが、今の時点で放射能の影響で毛が抜けたり、いわゆる原爆で被爆した人たちが後に出た症状は出るはずがないのです。もし、そうであるなら原発で作業している人たちのほとんどがすでに死に至っているはずです。十分に警戒して、対策は打たなくてはいけませんし、症状を簡単に見過ごすのも危険ですが、それ以上に危険なのは無知からの過度な反応です。過度な反応は我々に対しての差別を生みかねません。だったら逃げれば良いのでは?という意見もたくさん聞きます。人にはそれぞれ事情があり、都会の人には理解しかねる実情もあります。お金のことだってそうです。命のために逃げたところで、行く宛てがなければ野垂れ死にするのです。だから我々は自治体や国と闘って、生きる道を作っているのです。みなさんにお願いしたいのは、こうやって不安に過ごしている我々を励ましに来てほしい。金や物の支援ももちろん有難いのですが、心のケアが必要です。』
前回のコラムで、安易に被災地に赴いてライヴをするのはどうか?と提言した自分でしたが、どうやら行って良さそうです。とはいえ、意味や目的を十分に把握した上で、相互理解できる環境を整えながら進めなければ、ただの“善意の押し売り”になりかねません。じっくりと考えつつも迅速に行動に移したいと考えております。
次回のコラムでは、これを真っ先に実行に移した相馬市出身のシンガーソングライター堀下さゆりさんのお話をしたいと思います。
【行 達也】
1968年大阪生まれ。長年勤続したタワーレコードを退職後
2004年東京下北沢にmona records(モナレコード)を開店。
CDショップにカフェ、ライブスペースを併設した小さな音楽総合施設を目指す。
http://www.mona-records.com
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